著者紹介
朝倉祐介さん 兵庫県西宮市出身 競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部、卒業後はマッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務、東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰し、ミクシィに売却、売却後にミクシィの代表取締役兼CEO、その後スタンフォード大学客員研究員を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年シニフィアン株式会社を共同設立し、現任。
となっており、かなり異色の経歴です。東京大学卒業後は絵にかいたような輝かしい経歴です、その前の競馬騎手養成学校って??と思います。
また、ミクシィは昔有名だったものの、一時期業績が低迷し、朝倉さんが代表として立て直したようです。
本書の要旨
ファイナンス思考とは?
企業を捉えるうえで「PL脳」と「ファイナンス思考」に考え方が大きく分かれることが書かれています。
一般的に企業の成績を表すPL(損益計算書)とBS(財務諸表)があり、決算ごとの企業の売上や利益の数字を重視して追い求める考え方が「PL脳」。
これに対して企業の「キャッシュフロー」に重点を当て、限られた企業の資金をフル活用して企業価値を最大化する為にどの様に経営するかを重視するのが「ファイナンス思考」と置いています。
企業価値を最大化する為に
- 事業に必要なお金を外部から最適なバランスと条件で調達し(外部からの資金調達)
- 既存の事業・資産から最大限にお金を創出し(資金の創出)
- 築いた資産を事業構築のための新規投資や株主・債権者への還元に再提起に配分し(資産の最適配分)
- その経緯の合理性と意思をステークホルダーに説明する(ステークホルダー・コミュニケーション)
という一連の行動としています。
PL脳で起こりうる難点
PL(損益計算書)は会社の決算ではとても大切なもので、利益を無視しろと言ってはいません、ただ、PLはあくまで決算数字なのでこれの数字にこだわりすぎると以下の問題が企業経営に生じるとしています。
- 戦略がとても短期志向になってしまう
- 黒字ならいいだろうという考え方に陥りやすく、将来をにらんだ思い切った投資ができなかったり、現在黒字だが、将来先細りする可能性のある事業でも残したりしてしまう
- 逆に赤字でも将来性のある事業の芽を摘んでしまう
- 一番悪いのがPLは操作できてしまうので実質営業上赤字でも資産の評価替えなどで無理に良い数字を作って見せたり実態を誤魔化してしまう
- 結果、将来性のある新規事業に投資をできなかったり、黒字なのに倒産という最悪の事態を招くこともある
で、ここで私が驚いたのが日本企業と米国企業で比べた場合に日本企業の方が短期志向で決算数字にとらわれてしまっていると本書で書いていたことです。
日本の会社というと企業の継続性はとても有名な話で、創業から100年を超える会社はざらにあります。米国は企業の歴史が浅い会社が多く、どちらかというと米国企業の方が短期志向だろうと思っていました。ただ、続けるということと企業価値の最大化が結び付けられていないのが日本企業に多く、米国企業は続けることももちろん大事だが、企業価値の最大化のためにどのような手を打つかに重点を置いている会社が多い事実です。
アマゾンの事例
今となっては日本でもおなじみのアマゾンですが、アマゾンは長い間赤字企業でしたし株主への配当もいまだ一度も行っていません。
PL脳の考え方から行くと利益率の低い会社となってますが、株価はとても上昇しています。
同社の考え方は「顧客への価値の提供と株主価値の向上は、長期的にみると一致する」であり、「長期的な」というのが短期の決算数字ではないことを意味します。
ただ、単純に赤字でもいいというわけではなく、実際には本業から上がる収益を新規事業の買収や既存事業の強化に積極的に活用し、調達した資金を投資しているからPL上は赤字が続いているわけで、稼げないから赤字ということでは無いです。
株主への丁寧なレター
1997年に創業者のベゾス氏が株主に書いたレターには「果敢」「投資」「市場リーダーになる」「長期的な」というキーワードが頻出します。
目先は利益が出ないし、株主還元も無い、ただ、会社の取り組みを見てくれ、将来こうなるから!と強く意思を株主に理解してもらえるよう基本思想を丁寧に説明しています。決して株主軽視ではありません。
その他事例としてリクルート、JT、関西ペイント、コニカミノルタ、日立製作所の成功事例を挙げています。
売上が出る=利益が出る訳ではない
PL脳に侵されてしまうと、目先の決算数字ばかりを追い求めてしまうので、前期に対して何%UPとか単純な数字に追われる経営になってしまうとしています。
そうすると、営業現場においても、「前期比何%UPの販売額」ばかりが目標として神聖化されます。
売上を上げること、伸ばすこと自体は重要なことですが、問題は売り上げを上がるために無理な値引きをしたり、経費をかけすぎたりして結果利益が残らないことをしてしまったり、伸びない分野の事業にもかかわらず無理に伸ばそうとしてしまって社員に余計な負荷がかかったりして疲弊してしまうリスクを上げています。
最悪、経営者が将来をにらんだ行動ができず、事業も伸び悩んでいて株主に説明が難しいとなった場合に会計上の操作を行って目先の在任期間中は良い数字を作ることを考えてしまう事も起こってしまい、事例として東芝の例を挙げています。
PLの数字ばかりを見ていると現状を見誤ってしまうリスクがあるとしています。
キャッシュフローは嘘をつけない
これに対して、期初、期末のキャッシュ残高と今期どれだけのキャッシュを会社に創出したかなどを表すキャッシュフロー計算書は嘘をつけないと書いてあります。
「利益は意見」「キャッシュは事実」
企業経営では仕入れ段階で仕入れに対して代金を支払い、納入したが、手形で受け取るケースはとても多く、その間企業は手元にお金がない状態が続きます。
仮に決算時にそのような状態であった場合企業にはお金が無くても既に売り上げは立っているのでPL上は売り上げもあり、利益も計上出来ているので黒字経営の健全企業となります。ただ、あとで回収ができなかったり、不意な出費や返済が来て資金が手元に無かったり、調達できなかったら「黒字でありながら倒産」という最悪の事態もあり得ます。
事業の目的は将来にわたるキャッシュの創出を第一に置くこと
今が黒字であっても将来手元に置いていて先細りになりそうな事業ならできるだけ高い価格で売却するなどを検討するし、今が赤字でも将来性が見込める事業なら多少高くても買収したり事業を始める長期的な目線が必要。
例として日立製作所のHDD部門を黒字ながら売却した事例やFBがインスタグラムを買収した事例などが挙げられています。
どうしてもマスコミや株主、企業アナリストは現在の事業を買収した時に、買収事業の「今」の利益や売上から買収金額が妥当かどうかを判断しがちですが、会社経営とは本来はそのようなものでは無いし、もし、周囲が納得しないことが想定されるならなぜかを丁寧に説明する必要がある。としています。
日本企業がPL脳に陥ってしまった原因
いくつか原因を上げています。
- 高度経済成長期の成功体験
- 役員の高齢化
- 間接金融中心の金融システム
- PLのわかりやすさ
- 企業情報の開示ルール
- メディアの影響
本書では個別で丁寧に説明しています。私が特になるほどと思ったのが、1の行動経済成長期の成功体験と3の間接金融中心の金融システムの所でした。
1の高度経済成長期の成功体験では、まず、日本が新興国であった事実が書かれています。戦後のベビーブームで人口が増加、朝鮮戦争特需後から日本の経済成長率は1955年から1973年まで年率10%を超える成長率だったという背景があり、目先のPLを追い求める方が結果として企業の成長も早かった事実があります。
あと、この中で日本の株式市場にも触れていて、日米の上場会社の数が逆転していることも書いています。米国は企業の新陳代謝が激しく、ここ20年間で上場会社数は7000社が3600社に減ったのに対して日本は3700社を超えています。時価総額は日本の方が5分の1にも関わらずです。
3の間接金融中心の金融システムですが、これは戦後日本の経済史を習う時には復興のために資金が国が集中的に育てる産業に振り向けられるようにしたシステムと教科書にあり、私もそう思っていました。
これは事実なのですが、実は戦前の戦時体制の仕組みだった事が書いてあり、衝撃を受けました。
今の日本の産業は戦時体制
1938年に「国家総動員法」が制定され1939年に初任給が公定され、従業員全員を対象にした昇給以外は昇給が認められず、年功序列が始まったわけで、それまでは企業は自由に給与を決めていました。
また、株主には配当が制限されました、国民生活が圧迫される中で株主が潤うのはけしからんという意図からです。これも日本企業の配当や株主に対しての態度につながっています。
1931年当時は日本の上場会社の資金調達は87%が株式発行などの直接金融が占めていて、今より遥かに高度な直接金融の市場が整備されていたのも驚きでした。1940年に近衛文麿内閣が「利潤追求を第一義とする資本の支配より離脱する」として「経済新体制」を掲げました。
目的は戦争の遂行で、政府の命令を通じて生産のノルマ制が企業に課されました。
また、労働者を大日本産業報国会に加入させ経営への発言権を認め、同時に株主の権利を制限しました。
これも今の日本企業に通じるものがあります。
敗戦後に国は負けてもこれらの官僚から企業、労働者に至るシステムは全て温存されたため戦前の国家総動員法の状態は残りました。
これが戦後の行動経済成長期には見事に合致して成果を上げたと言えます。
これらから私が感じたこと
官僚主導で銀行を中心とする間接金融が企業を支配し、資金を配分し、企業は全員昇給、年功序列の下で能力差ではなく、年齢差での給与を決める制度の中で全体の賃金を抑制し、生産、販売のノルマ制を通じて国家一丸となって復興期を最大限戦い抜き、日本を先進国にするという勝利に向かって突き進んだわけです。
ただ、先進国になり、人口増加も止まり、成長も止まった今ではこのようなシステムは今や足かせとなりつつあり、年功序列や一斉採用の見直し、終身雇用の崩壊から雇用の不安問題がおこり、成長が止まる中で売り上げを伸ばすことだけが目標として残ったために成果が出ず、ノルマがある中で達成できない事例が相次ぎブラック企業問題に繋がるなど転換期になっていると思います。
まとめ
本書は会計の教科書ではありません、企業経営を行う上で目先の会計上の利益が第一になってしまっている企業が多く、目先の利益を負うばかりで長期的な会社の価値の最大化を忘れてしまっている経営者に対しての警鐘の本と言えます。
今企業を経営している人も参考になりますし、株式投資を行う上での考え方としても役に立つと思いました。
どうしても株式投資は短期の決算で売り上げと利益がどれだけ前期に比べて伸びたかを見てしまいます。
それはそれでとても大切です、売り上げと利益がいつまでも伸びない会社は上場会社である意味がないと思います。
ただ、問題は企業が5年後10年後といった将来を見据えてどのような行動をしているかを見ることだと思います。
例え今は赤字でも将来に備えて大きな設備投資で費用が発生したり、買収を行ったためにのれん代があって償却で利益が抑えられているケースも損益計算書上は利益が伸びていない訳で株式の短期では株価が抑えられます。
ただ、そのような会社を全て投資対象から外してしまうと、せっかくの買いのチャンスを逃す結果につながりますし、損切の対象にもなってしまいます。
これから買う場合や今後保有を継続するなどの場合、この会社は目先の結果利益が低いのか、それとも何か将来をにらんだ行動の結果なのかを見て、これを株主に対してホームページや決算発表、株主総会でしっかりと経営者が説明できているかなど企業をよく見ることが投資としても大切な目線と言えます。
今の現象は戦時体制の転換期
1938年の「国家総動員法」が現在の官僚主導、年功序列、初任給、昇給(ベア)、労働組合、一斉採用、間接金融といった今の企業活動のシステムのベースになっているのは個人的に衝撃でした。経済的には戦争は終わっていなかったわけです。
もちろん、我々の親世代の団塊の世代が戦後日本の復興をこの体制をフル活用してけん引し、今の日本があることも事実でこれはとても機能したシステムでした。
ただ、ここからの令和の時代は新しい考え方が求められると思います。
その一つがPL脳からファイナンス思考への企業経営の脱却だと思います。
低成長時代、どのように会社に入るキャッシュをどれだけ将来性のある事業に振り向けるか、長期的戦略をどう立てるかが大切です。
本書の裏表紙にあるコメントにある意図とは
本書の裏表紙にはこう書かれています。
- 「売り上げを増やせ。利益は減らすな」
- 「減益になりそうだからマーケティングコストを削ろう」
- 「うちは無借金なので健全経営です」
- 「黒字だから問題ない」
こんなフレーズがあふれていたら、その組織は未来の成長より目先の業績を優先する「PL脳」に侵されている。会計の知識より先に、成長を描いて意思決定する頭の使い方「ファイナンス思考」が今こそ必要だ。
この意味を私なりに解釈したのが以下です。
会社が低迷しているときに「売り上げを増やせ!」ばかり言っていると、では営業現場は売り上げのためにどんな行動をしているか見てますか?売り上げがそもそも増え続ける仕事、業界ですか?となります。ここを見誤ると従業員は疲弊するばかりで会社の士気が落ちてしまいます。
「減益になりそうだからマーケティングコストを削ろう」となると、では削ってしまって目先黒字でも将来は?となります。
「借金がないから大丈夫」となると、では会社は本当に適正なキャッシュの配分を事業に使えているのか?無駄にしていないか?慢心しているだけでは?となります。
「黒字だから大丈夫」となると、将来はその事業は大丈夫?黒字でも企業には本当にキャッシュが残っているの?となりますし、今が黒字だから何もしないになってませんか?となります。
企業は継続しないと従業員は幸せになれません、継続とは別に同じ会社であり続ける必要はありません、もしかしたら、事業を売却して他社と統合した方がその部門は他社でこそ輝くかもしれません、また、売却資金で既存事業を強化すると残った部門が輝くかもしれません。
どうしても経営=売上、利益成長になりがちですが、同じ売上、利益成長でも目先追いばかりだと将来ビジョンも無く、疲れてしまいますし、伸びません。
でも将来をにらんだ投資をしている企業は経営者も、従業員も明るい未来を信じて生き生きとしていると思いますし、企業はそうであってほしいと本書を読みながら感じた次第です。