100年債について考える

膨らむ100年債バブル 景気減速でマネー逃避 2019年8月16日日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48621480W9A810C1EN2000/

  1. 世界の超長期債券が猛烈に買われている
  2. オーストリアの100年債は2017年に利回り2.1%なのが0.6%程度に、債券取引価格の大幅上昇が起こる120→200超
  3. その他新興国のメキシコ100年債、ブラジル40年債なども買われている
  4. 一方でアルゼンチン100年債が大統領予備選挙の結果を受けて一時価格が半値以下になる事態も起こっている

債券の仕組み

お金を企業や国に対して投資家がお金を貸して利息を受け取り、満期になれば元本を返してもらうのが貸借の基本ですが、この証書にあたるのが債券です。お金を借りるのが国ならば「国債」、会社ならば「社債」と呼びます。

お金を借りるときに借りる側は借りたい期間と金額を決めます。そして捌いてくれる金融機関に相談して発行します。

年限は国や企業によって自由に決められ、1週間程度で満期を迎えるものから5年や10年で満期を迎えるものまで様々です。その中に今回の日経で取り上げた100年満期の債券もあります。

債券は満期までの期間が長ければ長いほど投資家は長期にお金を寝かせるリスクを背負うし、満期が長いと将来の発行者の状態が変わるリスクもあるので高い金利が付けられます。

また、債券は一度発行され、お金は発行者の手に渡った後に自由に売買がなされています。株式市場のようにマーケットがあって売買されているのではなく、在庫を持っている所が主に金融機関を通じて売買を行います。これを相対取引と呼んでいます。

債券の価格の変化

では、その時の取引価格ですが、これは満期までの期間が同じ位の該当する国の国債の利回りを基にして、あとは格付けやその時の需給で決まっていきます

世の中の金利水準が上がればすでに発行されている債券の価格は下がるし、下がれば債券価格は上がります。

これは一般的に、債券は一度発行時に決めた支払いの利息(クーポン)は固定の場合が多く、満期も決まっていて、満期時の元本の返済金額も額面金額で返済すると決まっているので価格が動くところが債券自体の取引価格しか無いという性質からくるものです。

例えば国債の1年の利回りが世の中で5%の時に満期が1年の国債を新たに発行しようとすると、満期1年、固定利率5%、額面100万円が妥当な発行条件です。

しかし、発行した翌日に世の中が急変して1年の利回りが1%になってしまったとします。既に購入した投資家に対して翌日、自分が昨日購入した債券を買いたいと別の投資家が言ってきたとしても購入時と同じ条件で売却はしたくないでしょう。

なぜなら、既に購入した投資家は満期まで保有すれば100万円に対して5万円の利息を貰えて、元本が100万円戻ります。しかし、昨日と違って今日は1%が当たり前の世の中になってしまっているので今の投資家は100万円に対して1万円の利息、元本100万円を戻す状態なので一緒にはなりたくないです。

しかし、保有している国債は固定利率の5%ですし、お金を返す償還時の額面も100万円と決まってしまっているのでこれは動かせません。なら現在保有している投資家は買いたい投資家に対してどの位の条件ならば保有している債券を売却してもよいと思うのでしょうか。

答えは「104万円くらい出してくれたら売ってあげてもいいよ」となります。(厳密には1日分の経過日数分の利息も上乗せされたり、個人なら税金も考慮しないといけませんがここでは簡略化のために省きます。)104万円出して利息を5万円受け取れば、満期時に100万円返してもらえるので4万円損して5万円を受け取り、差額は1万円なので世の中の他の人と同じ条件です。

売る側もほぼ1年期間が残っているからその分の利息の差額を捨てて4万円を手に入れるならば売ってもいいとなります。時間を購入したようなものです。

こんな感じで債券は価格が発行した後に動いていきます。しかし、満期には額面でお金を返すことが決まっているので満期が近い債券は段々と価格の変化幅が小さくなって取引がされなくなってきます。

これが満期までの期間が長ければ長いほど価格は大きく動きます。

記事にあったオーストリアの2017年発行の100年満期の国債は日々の利回りが動くと98年分価格が調整されないといけない為、強烈に価格が変化し、この1年だけで70%近く価格が上昇しました。株でも7割も儲けるのは大変ですがこれは国債です。

背景は?

では、このオーストリアの100年債はなぜここまで買われたのでしょうか。

答えは金融政策の変化に伴う金余りです。

2017年当時はまだヨーロッパは景気回復を見込んで金利が上昇傾向でした、それが今年に入り、米国をはじめとする世界的な景気減速を見込んで各国が金融緩和方向に傾きだしました。

結果、運用を仕事としている年金や機関投資家、投資信託等の資金が少しでも利息が取れるものを探す動きが活発になり、どんどんリスクを取りに走ってます

満期時の償還の代金が額面100%なのに対して200%以上の価格がついているということは、残り98年間持ち切ると必ず100%損をします。これを利息で埋め合わせるのですが、埋め合わせても記事によると利回りが0.6%にしかならないというわけです。しかし、今や欧州はマイナス金利の国債も多く、0.6%でも高い利回りとなってしまっている状態です。

文中内のオーストリア国債の条件

ここで出ているのは2017年発行とあるので恐らく2117年9月20日満期のオーストリア国債と思われます。格付けはAA+、固定利率は2.1%のユーロ建て債券です。100年満期で満期まで保有すれば(生きてませんが)210%利息を受け取って満期で額面相当の100%の元本を返してもらえる債券です。

2.1%も低いと思うのですが、確かにマイナスよりかはいいと思います。が、これが現在200を超えた価格で取引されているとなると怖さもあります。

その他100年以上の満期の債券

日本だと国債の最長年限は40年で、最近社債でも50年の社債を三菱地所やJR東が出したと話題になってました。

既に50年以上の満期の社債や満期の定めのない永久債は劣後債などでありますが、多くは満期を待たずして償還を発行者側が決めるコールという条件を付与している場合が多く、5年や10年程度で償還される可能性が高い債券です

満期まで返しませんよ、となっている債券は私が調べたところでは国内では50年が最長です。

ちなみに、ここ5年、2014年以降で発行された債券で満期が100年以上の国債や社債を調べたところ4300銘柄以上発行されてました、ただ、この中で大半は途中償還のコールという条件を付与した債券で満期まで元本を返さない条件のものは53銘柄しかありませんでした。

珍しかったのが米ドル建てだと

マサチューセッツ工科大学 格付AAA

  • 2114年7月1日満期、固定利率(クーポン)4.678% 米ドル債
  • 2116年7月1日満期、 固定利率(クーポン)3.885% 米ドル債

ウェズリアン大学 格付AA-

  • 2116年7月1日満期、 固定利率(クーポン)4.781%  米ドル債

と大学がありました。

その他米国ではない企業の米ドル建て債券もあり、

ペトロブラス・グローバルファイナンス(ブラジルの石油会社)格付BB-

  • 2115年6月5日満期、 固定利率(クーポン)6.85% 米ドル債

アルゼンチン共和国国債 格付B

  • 2117年6月28日満期、 固定利率(クーポン)7.125% 米ドル債

ユーロ建てだと、先ほど取り上げたオーストリア国債とは別に珍しかったのが

メキシコ国債 格付BBB+

  • 2115年3月15日満期、固定利率(クーポン)4% ユーロ建債

イギリスポンド建でも複数あり、やはり大学がありました。

University of Oxford  格付未付与(ただ、AAA並みの条件です)

  • 2117年12月8日満期、固定利率(クーポン)2.544% 英ポンド建債

あと、投資をするのにはちょっとと思ったのですが、こんな国も出してました。

ボリビア国債 格付未付与

  • 2114年については満期をずらして6本、固定利率(クーポン)4.5%
  • 2115年については満期をずらして4本、固定利率(クーポン)4.3%
  • 2116年については満期をずらして9本、固定利率(クーポン)4.3%

と、ボリビアの通貨のボリビアーの建発行です。ボリビアが100年満期の国債を発行しているのは知りませんでした。ボリビアのお隣はアルゼンチンです。これにはちょっとわけがありそうなのでまた調べてみます。

債券価格の変化の率について

マサチューセッツ工科大学の米ドル建2114年7月1日満期米ドル債で見てみます。

単純にお金を貸す相手として見た場合、アメリカでも有数の大学で、有名人を多数輩出しているので優良先です。しかも、この社債は固定利率が4.678%も付くので今の米国の国債が10年満期で1.5%なことを考えると一見破格に見えます。

しかし、本当にそうなのか?価格を調べてみました。

米国の一番長い国債は30年債なので比較するにはこれしかありませんが、この利回りは今年の年初は3.1%程度の利回りがありました、この時のこの債券の取引価格は額面100に対して110程度の取引価格でした。

しかし、ここ最近米国の金利の急低下の影響が30年債にも波及し、本日の米国債30年利回りは2.01%です。およそ1.1%の低下です。これを受けて今この債券は価格が149まで跳ね上がっています。40近くの上昇で、35%位上昇しています。

日本人から見ると為替の変動もありますが、年初から3割も4割も為替が動いているわけではないので年初にこの社債を購入していればかなり利益になっています。しかも、利息別です。ちなみに、もし、今後米国利回りが低下を続けて30年利回りが1%になると価格は200を超えてくると思われます。債券なのに価格が倍です。

ただ、逆もあります。仮に今後米国の30年国債が年初の3%超になると現在の150近い価格が110に落ち、4%になると、90程度に落ちると思われます。そうなると仮に10万ドルの額面を今購入した場合、利息別で15万ドルを支払うのですが、思惑通りに米国の利回りが低下を続けて200になれば20万ドルで5万ドル儲かりますが、年初の水準に戻れば4万ドルの損、4%になってしまうと6万ドルの損です。

利息は10万ドルの額面に対して一定の4.678%なので毎年4678ドル受け取れますが、6万ドルの損ともなると価格が回復しないと13年間くらい利息を受け取らないと損が埋まりません。

次にアルゼンチン国債ですが、こちらはマサチューセッツ工科大学と違って非常に格付けが低いです。それもそのはずでアルゼンチンはお金を返さないデフォルト常連国です。2001年、2014年に起こしています

条件だけを見ると2117年6月28日満期 固定利率(クーポン)7.125%なので米ドルの債券にしてはとても良い条件に見えます。これが本日2019年8月16日の価格はというと・・・額面100に対して51.5程度で取引されています。満期までの利回りに直すと13.8%です。

ん?と思われると思います。確か債券は満期では額面に対して100%でお金を返すのが決まりと書いたのになぜマサチューセッツ工科大学は価格が大きく上昇している状態なのにアルゼンチン国債は同じ米ドル建の債券なのに価格がこんなに低くて利回りが高いのか。

これはつい先日ですが、8月11日に行われた次期大統領を決める予備選挙で現職のマクリ大統領よりもポピュリストの野党候補フェルナンデス氏が優勢になってしまった結果を受けて12日にこの国債の価格は75だったのが1日で58程度、14日には45近くまで、40%も下落しました。株式市場やアルゼンチンペソも30%を超える大暴落を起こしました。

もともと信用力があまりなかった国ですが、現職マクリ大統領が割と市場フレンドリーなので安心されていたのが、予備選挙で不人気なことが明らかになり、もうお金が返ってこないんじゃないかという疑惑が広がって一気に国債が売られて価格が下がりました。それまでは額面100に対して70から80位で取引されていたので物凄い変化です。

債券投資で気を付けることのまとめ

これは100年のような期間の長い債券に言えることは

  1. とにかく価格の変動が激しい、金利水準の変化に価格はとても敏感
  2. 満期までの期間が長いので満期の時に貸した会社や国がどうなっているかは誰にもわからない

です。新聞記事にもありましたが、オーストリアだって100年さかのぼってしまうと第2次世界大戦も通り過ぎて第1次世界大戦後のオーストリア、ハンガリー帝国崩壊直後と歴史教科書です。なのでこのような超長期にわたって資金を固定する債券はある程度長めに保有して利息を受け取る覚悟が必要なのと、価格が上昇して数年分の利息に相当する価格の上昇分が得られた場合は売却することをお勧めします。もちろん、その時の金融政策や経済状況を見極めてのことが前提です。

これからずっと金利が下がり続けると思うのであれば長期保有で利息を受け取り続けるのも一つの手です。ただ、通貨の価値がどのようになるかがわからないことは注意しましょう。

また、債券でもう一つ大事なことは「利回りに惑わされないこと」です。

アルゼンチンの米ドル債だってもし、今回のような事件が起きなければ7.125%の利息を毎年くれるわけです。もし、名前を隠して利率だけを比べてどれにしますか?と並べたらこの国債を購入する人は多いと思います。

しかし、よく考えないといけないのが、米ドル建てで30年国債が3%や2%の状態の時に固定利率で7%、危機が起きる前で考えても9%程度の利回りは明らかに高すぎます。

株式の場合、配当利回りが高いといわれると、「もしかしたら減配のリスクがあるかもしれない」と警戒されます。でも、なぜか債券になると「満期になったらお金を満額返すから」と急に安心してしまう人が多くいます。

しかし、日本人は「お金は借りたら返すもの」の意識が割と強いですが、そうでない相手も世界には沢山存在することを認識しておくことです

また、世界の歴史をみるとお金を返さなかった国は沢山あります。それこそ100年や200年単位でみると日本もデフォルト国です(江戸幕府)。

ましてやここ20年で2回お金を返さなかった国に100年満期でお金を貸すことは「お金をあげる」行為に等しく、どこかで売って逃げてしまおうと思っている人しか参加していないと思います。

投資するときには「利回り」も大事ですが、どのような発行者でどんな財務内容なのか、発行している債券の通貨の国の利回りはどんな状態なのかをよく見て購入しないと高い利率どころか元本がなくなってしまうリスクも大いにあることを念頭に置いて投資したほうがよいと考えます。